【言葉のチカラ】生きる
新型コロナウイルスの感染拡大によって世界中が大きな困難に直面しています。
しかし人類は今までも数々の苦難に遭遇しながら、そのたびにそれらを乗り越え、力強く立ち上がってきました。
「言葉」によって目に見えないものの存在や価値を認識することができる唯一の生き物である私たち人間は、そのような苦境に直面した時、たった一つの「言葉」との出会いによってその苦境を乗り越える勇気や希望を与えられることがあります。
言葉がもつそのような「チカラ」を信じ、ここでご紹介する言葉が、誰かにとってのそのような出会いの言葉となることを祈って。
生きているのは苦しいとかなんとか言うけれど、それは人間の気取りでね。正直、生きているのはいいものだよ。とても面白い。(黒澤明)
言わずと知れた「世界のクロサワ」。三船敏郎との黄金コンビで『酔いどれ天使』『羅生門』『七人の侍』『用心棒』『天国と地獄』『赤ひげ』といった映画史に残る数々の傑作を生み出し、スピルバーグやルーカス、コッポラ、スコセッシといった海外の巨匠が敬愛してやまないことでも知られる、日本を代表する映画監督です。
この言葉は晩年の作品『夢』(1990年)の中に出てくるセリフです。自身が見た夢を元にした8話から成るオムニバス形式の本作品の最終話「水車のある村」で、老人(笠智衆)が訥々と語る言葉ですが、何とも美しく平和な村の風景とも相まって、観る者の心に静かに浸み入り、穏やかな希望を与えてくれます。
しかし、当の黒澤明自身は1971年、61歳のときに自殺を図っています。日米合作映画『トラ・トラ・トラ』の日本側監督として撮影を開始した彼ですが、その根っからの完璧主義で予算やスケジュールに厳しいビジネスライクなハリウッド側と衝突し、早々に監督を降板させられてしまいます。テレビの普及とともに日本映画界の斜陽化も進み、そのような中での自殺未遂でした(幸い一命をとりとめ、その後精神的にも回復した1980年代には『影武者』『乱』といった新たな名作を生み出すことになります)。
数々の国際的な映画賞を受賞し、世界の映画人から尊敬を集めた彼にもこのような大きな挫折があったことは驚きですが、この言葉は、そのような挫折を乗り越えた彼が晩年に達することができた境地を素直に語った偽らざる言葉だったのでしょう。そして、だからこそ私たちの胸に深く余韻を残すのだと思います。
黒澤明(1910~1998)
日本の映画監督、脚本家。