【コラム1】「文書」と「記録」はどう違う?~文書化した情報の「維持」と「保持」
ISOマネジメントシステム規格は、従来はそれぞれの規格作成委員会で独自にゼロから規格作成が行われていました。しかし、それまでのISO9001やISO14001を見ても分かるように、同じマネジメントシステム規格なのにその構成や用語が必ずしも統一されておらず、複数のマネジメントシステム規格を運用する組織にとってはそれが一つの障害になっていました。そこで2012年にISOは、それ以降ISOで作成するマネジメントシステム規格が従うべき規格の共通部分をISO/IEC Directivesの中の「附属書SL」という文書で示しました。従って、ISO9001:2015もこれに従って作成され、他のISO14001やISO/IEC27001といった規格と同じ構成となりました。
この「附属書SL」の中の共通項目として、「7.5 文書化した情報」が規定されているのですが、そこでは従来の「文書」「記録」という用語は使用されておらず、すべて「文書化した情報」という表現に統一されました。これは、「文書」や「記録」という言葉は紙媒体のものを連想させ、またIT化が進む今日にあって重要なのは媒体ではなくその中身(情報)である、という観点からの変更だったのですが、この変更により一つやっかいなことが発生しました。それは、性質として異なる「文書」と「記録」をどのように区別するか、という点です。そこで、この「附属書SL」では、従来の「文書」については「文書化した情報を維持する(maintain)」、従来の「記録」については「文書化した情報を保持する(retain)」というように、述語で両者を区別することにしたのです。従って、ISO9001:2015を読む際には、文書化した情報を「維持」しろと言っているのか「保持」しろと言っているのかを注意深く見極める必要があります。
なお、「文書」と「記録」には以下のような違いがありますので、注意してください。
- 「文書」:「情報及びそれが含まれている媒体」(ISO9000:2015, 3.8.5)
- 「記録」:「達成した結果を記述した、又は実施した活動の証拠を提供する文書」(ISO9000:2015, 3.8.10)
この定義からも分かるように、厳密には「記録」は「文書」の一形態で、「文書」は「記録」を含むより広い概念です。ですが、「記録」と「記録以外の文書」は大きく性質が異なる部分があるため、従来「文書」と「記録」と言った場合、「文書」は通常、記録以外の狭義の文書を意味していました。この両者の違いは、一言で言うと「文書は書き換えた場合『改訂』になるもの、記録は書き換えた場合『改ざん』になるもの」ということになるでしょう(「記録」は起こった「事実」を記載したものですので、それを書き換えることはできませんが、「文書」はやり方や考えを記載したものですので、より良いものに変えることができます)。従って、ある「文書化した情報」が「文書」なのか「記録」なのか迷った場合には、「これは改訂できるものなのか、変更したら改ざんになってしまうものなのか」を考えてみてください。
この違いを理解すれば、「文書」の管理と「記録」の管理のポイントが異なることも理解できるでしょう。つまり、「文書管理」で重要なことは「最新版管理」であり、適切な版の文書が確実に使用されることであるのに対し、「記録管理」では、記録自体が変更されることがないはずのものですから、最新版管理などする必要はなく、重要なことは証拠として示したい場合に示せない、ということがないように、適切に保管したり、容易に検索できる状態になっていたり、判読可能な状態になっている、ということになります。