【ISO45001】 5.1 リーダーシップ及びコミットメント(2)

労働安全衛生マネジメントシステムはトップが引っ張る!

(前回の続き)

 「説明責任」とは?(a

それではここで、5.1で列挙されている事項のうち、いくつか特に注意を要する点について見ていきましょう。まず、a)では「負傷・疾病の防止、安全・健康的な職場と活動の提供に対する全体的な責任と説明責任を負う」とありますが、この「説明責任(accountability)」とは、どのようなことを言っているのでしょうか。これに対してISO45000:2018は定義を与えていないので、辞書を調べてみると以下のように説明されています。

「自分の決定や行動に対して責任をもち、それらについて聞かれたときに説明することを期待されているという事実」(OALD)

この辞書的な定義は比較的分かりやすいと思います。要するに、「自分の意思決定や行動を説明できる」ということですね。また、「説明責任」については、ISO14001:2015附属書にある説明がISO45001を理解する上でも参考になります。ISO14001:2015の附属書A.5.1では、「トップマネジメントは他の人にこれらの行動の責任(responsibility)を委譲してもよいが、それらが実施されたことを確実にすることに対する説明責任(accountability)はトップマネジメントが保持する」という説明がされています。また、ISO45001:2018の附属書A.3では、「確実にする(ensure)」という言葉の説明の中で、「“確実にする(ensure)”は、責任(responsibility)は委任できるが、説明責任(accountability)は委任できないことを意味する」と書かれています。例えば、「労働安全衛生目標を確立することを確実にする」(5.1.1, b)というのは、労働安全衛生目標を実際に確立するという「行動の責任(responsibility)」は関連する部門の責任者のような人に委譲することはできますが、それらの目標が適切なものであるか、ということについての「説明責任(accountability)」まで委譲することはできない、ということです(従って、「目標を設定したのは部門長だから、自分は知らない」ということをトップマネジメントが言ってしまったら、それは必要な説明責任を果たしていない、と思われても仕方ありません)。以上より、トップマネジメントは、労働安全衛生マネジメントシステムの有効性に関して説明できる責任を有しており、それは他の人に委譲することはできない、ということをしっかり認識する必要があります。

 「事業プロセス」とは?(c

次に、c)を見てみましょう。ここでは「組織の事業プロセスへの労働安全衛生マネジメントシステム要求事項の統合」ということが言われています。それでは、「事業プロセス」とはどのようなことでしょうか。この項目の注記には、「事業(business)」とは「組織の存在の目的の中核となる活動」という意味であると言われています。従って、「事業プロセス」とは「組織の存在の目的の中核となる活動に関するプロセス」、ということで、言い換えると「組織の本業」「組織の実際の活動」と言えると思います。つまりここで言いたいのは、「労働安全衛生マネジメントシステムの要求事項は、組織の本業や実際の活動の中で実現するようにする」ということです。これは、本来はわざわざ言うまでもないことだとは思うのですが、今までのISOマネジメントシステムの運用において、組織の実際の活動とは別物の「ISOのためのシステム」になってしまっていることがあまりに多く、その結果「形骸化したマネジメントシステム」になってしまうという懸念があるため、このような要求があえて含まれるようになったと考えられます(この文言は、ISOマネジメントシステム規格に共通の要素を規定した附属書SLに規定されているので、ISO45001だけでなくその他のマネジメントシステム規格でも同じことが言えます)。従って、組織はISO45001規格の要求事項が、自分たちの実際の活動(プロセス)の中でどのように実現されているか、という視点を常に持ち、「本業とシステムの乖離」や「ダブルスタンダード」が起こらないように注意することが重要です。

リーダーは「支援者」(g, i

この規格では、トップマネジメントの強力なリーダーシップなくして労働安全衛生マネジメントシステムの有効な運用はできない、と考えられているわけですが、だからと言って、リーダーがすべてを「独裁的に」決めて実行していくべきだ、と言っているわけではありません(特に労働安全衛生マネジメントシステムにおいては、働く人の参加と協議が不可欠であることが強調されています)。伝統的な「支配型リーダーシップ」と対比して「サーバントリーダーシップ」という言葉もあるように、良いリーダーの条件の一つには、組織の人々を「支援」していく、という要素もあります。この項目では、g)で「人々を指揮し、支援する」、i)で「管理者の役割を支援する」ということが言われており、そのようなリーダーの「支援者」としての側面に言及していると言えます。また、リーダーシップを発揮すべき人はトップマネジメントだけではなく、各階層の管理者もしかるべきリーダーシップを発揮すべきであり、それによって労働安全衛生マネジメントシステムを有効に機能させることができるということがここで言われている点も注目に値します。

「労働安全衛生文化」とは?(j

ISO45001:2018で注目すべき考え方の一つに「労働安全衛生文化」というものがあり、この項目のj)でそれに言及されています(他には6.1.2, 7.4.1, 10.3で出てきます)。トップマネジメントは「労働安全衛生マネジメントシステムの意図した成果を支援する文化」を形成し、主導し、推進することが求められているのですが、この「(労働安全衛生)文化」とはどういうことでしょうか。

「文化」についてはISO45001:2018に定義はありませんので、辞書を引くと、以下のように説明されています。

「特定の集団や組織内の人が共有する、物事に対する信条や態度」(OALD)

 

これに基づくと、「労働安全衛生文化」とは「組織の人々が労働安全衛生に対して共通に持っている信条や態度」と言えるでしょう。いくらルールが厳格に決まっていても、組織の人々が労働安全衛生を軽視する「文化」になってしまっていれば、良好なパフォーマンスは望めませんし、逆に各自が労働安全衛生に対して非常に高い意識を持ち、開かれた風通しの良いコミュニケーションが取られるような「文化」を持っている組織であれば、細かいルールが決められていなくても良好なパフォーマンスが得られるでしょう。このように、労働安全衛生マネジメントシステムの有効性やパフォーマンスは、組織内の各人が労働安全衛生をどのように考え、その考えに基づいてどのように行動するか、という組織の「文化」によって大きく左右されるため、組織のこのような「文化」的側面が非常に重視されているのです。そしてこの「組織の労働安全衛生マネジメントシステムを支える文化は、トップマネジメントによって概ね決定される」(附属書A.5.1)ものであり、トップマネジメントが日頃から労働安全衛生に関してどのような態度や言動をとっているか、ということに大きく影響されるため、ここでトップマネジメントが実施すべき項目として掲げられているのです。

 

この「文化」は必ずしも文書などの形で目に見えるものではないため実態が捉えにくいものですが、附属書A.5.1では、適切な労働安全衛生文化がある組織には、一般的に以下のような特徴が見られることが言われています(ただし、これらに限りません)。

  • 働く人の活発な参加
  • 相互の信頼に基づく協力及びコミュニケーション
  • 労働安全衛生機会の検出への積極的な関与による労働安全衛生マネジメントシステムの重要性に対する共通の認識
  • 予防方策及び保護方策の有効性への自信

 「報復からの擁護」(k

k)で言及されている、「働く人に対する報復からの擁護」もISO45001:2018で初めて出てきた特徴的な要求事項です。インシデントや危険源、リスク・機会といったことに関して働く人が報告できる仕組みはあっても、実際にはそのような(主にマイナスの)報告をすることを妨害するような目に見えない圧力が組織内にあったり、実際に報告者に不利益(解雇の脅迫や懲戒処分など)が発生したりするようなことがあれば、このような報告の仕組みが有効に機能しないであろうことは容易に想像できます。これは上記j)の「文化」にも関連しますが、このような「報告しようとする者に報告を思い止まらせようとする有形無形の圧力」が働くことのないように、トップマネジメントは常に配慮しなければなりません(自らがそのような妨害や報復をしないことは当然ですが)。内部通報制度の整備等はこの点に対する実施例の一つと考えられるでしょう。