「ハードな」要求事項から「ソフトな」要求事項へ~コラム3:ISO9001規格の性質の変遷

1987年に初版が制定されて30年以上の歴史を持つISO9001規格ですが、その歴史を通じて、規格はいわゆる「ハードな」要求事項中心の規格から、「ソフトな」要求事項中心の規格へと変遷してきました(ISO9001の発展段階については、ISO9001誌上講義「自分たちのシステムにどのようなプロセスがあるのかを明らかにしよう  ~『4.4 品質マネジメントシステム及びそのプロセス』(3)」の回を参照)。ここで、「ハードな」要求事項とは、「難しい」という意味ではなく、「具体的」ということです。つまり、当初のISO9001の規格は、良いか悪いかは別として、具体的に何をしなければならないかが比較的分かりやすい規格でした。

このように言うと、昔の規格の方が良かったと言っているように聞こえるかもしれませんが、必ずしも「具体的」であることは良いことばかりではありません。むしろ、組織はそれぞれ異なるのに、そのような違いを考慮せず、規格が一方的に「ああしなさい、こうしなさい」と細かく指示するのは、かえって組織の自主性や独自性を損なうことになり、組織にとってはマイナスにもなり得ます。ISO9001規格は、発行当初は大規模製造業が中心になって採用されましたが、時代が下って1990年代後半になってくると、中小規模の様々な業種にも広く浸透するようになってきました。そのため、かえってこのようなISO9001規格の要求事項の具体性が障害となり、「自分たちの規模や業種に合わない!」と感じられる組織も多くなってきたのです。

そのような状況に懸念を持ったISO9001の規格作成委員会は、2000年の大改定で大きな方向性の転換を図ります。その結果、それまでの「ああしなさい、こうしなさい」という、よく言えば具体的、悪く言えば「指図的」な規格から、組織の個別の状況に基づいて組織がより大きな裁量の余地を持てるように、より「一般的・抽象的」な規格になりました。また、ISO9001規格自体も、当初の「品質保証」から「品質マネジメントシステム」の規格へとその意図を変え(規格の表題も2000年版からそのように変わりました)、単に決められたことを守っていれば良いのではなく、変化する状況に合わせて自分たちのマネジメントシステム自体も必要に応じて変化させ、継続的に改善することを重視するものになり、それに応じて「リーダーシップ」や「コミュニケーション」といった組織の「文化」とも言うべき要素にもより大きな焦点が当てられるようになりました。このような、個々の組織の独自性を尊重する方向性は2015年改定でも更に進められています(「組織の状況」や「リスク及び機会」という考え方が導入されたのはその良い例です)。

このような規格の性質の変遷は、より広く様々な組織に規格が受け入れられ、より有効に活用される上で望ましいものと言えますが、この結果、従来にはなかった難しさも生まれてきました。つまり、規格を本当の意味で自分たちに役立つように適用し、運用するには、組織は規格の意図を十分に捉え、要求事項を表面的になぞるのではなく、「この要求事項の意図を実現するためには、自分たちはこれをどのように理解し、自分たちのシステムに反映させるべきか」ということを相当深く考える必要が出てきたのです。このような難しさは、この規格に対して審査を行う審査員にとっても同じであり、審査を行う際には、規格の文言に対して形式的・表面的に対応していることはさほど意味はなく、要求事項が「実際に」システムの中でどのように運用されているかを、様々な視点から見て評価していかなければ、本当に有効な審査はできなくなってきています。しかし、このような「難しさ」は、ISO9001に基づく品質マネジメントシステムをより有効に活用して良く上で必要な、意味のある難しさです。これからISO9001規格を運用していく組織、そしてそれに対して審査を行っていく審査員は、このことを強く意識し、肝に銘じる必要があるでしょう。