ヒューマンエラーはなぜ起こる? ~人の情報処理プロセスを考慮したヒューマンエラー対策

ISO9001:2015改定作業も、9月の正式発行に向けて現在FDISが作成されるなど大詰めを迎えています。DIS(国際規格草案)とFDIS(最終国際規格草案)では、大幅な変更はないことが予定されていますが、若干の変更があることも報告されています。その中の一つに、製造やサービス提供を管理された状況で行うに当たり、必要な場合「ヒューマンエラーを予防する処置」を含める、という要求事項が含まれるということがあります。そこで、今回は、この「ヒューマンエラー」を取り上げてみたいと思います。

私たちは日々の生活や仕事の中で、ちょっとしたうっかりミスを入れると多くの間違いをおかします。しないように気をつけていても起こってしまうミス。「人は間違いをおかすもの」と言ってしまえばそれまでで、確かにその通りでもあるのですが、それで簡単に片付けてしまってはいつまでたっても進歩がないのも事実です。またちょっとしたミスが重大な事故につながることもありうることを考えると、ミスは当然ないに越したことはありません。

しかし一方で、このようないわゆる「ヒューマンエラー」は、その原因が見落としや見間違い、勘違いといった単純なものであるだけに、一番根絶しにくいものでもあります。「これから気をつけよう」では解決しませんし、「ダブルチェック」「トリプルチェック」ではきりがない。このようなヒューマンエラーをなくすにはどうしたらよいのでしょうか。この問題に対して、『失敗のメカニズム―忘れ物から巨大事故まで』(芳賀繁著 角川ソフィア文庫)に非常に参考になることが書かれていますので、ここでご紹介したいと思います。

 

人の情報処理プロセスに基づくエラー発生のメカニズム

ヒューマンエラーが発生するメカニズムは、人の情報処理プロセスに基づいて分類することができます。ふだん私たちは意識せずに瞬時に情報を読み取り、処理して行動していますが、この情報処理はどのように行われているのでしょうか。

大きく分けて人の情報処理には以下の三段階あると言います。

・ 入力過程: 目や耳を使って外部から情報(光や音)を取り入れ、その情報を中枢(脳)で処理して知覚や認知が生じる。

・ 媒介過程: 認知したいくつかの情報を集めて状況判断を行い、それにどう反応・対処するかを決定する。

・ 出力過程: 動作の意図に基づいて一連の動作が選択され、順に遂行される。

 

車を運転しているときの信号の情報処理を例にとってみると、以下のようになります。

・ 入力過程: 波長580ナノメートルの光を感じて、それが黄色のランプだと知覚し、「注意」という意味の交通信号だと認識する。

・ 媒介過程: 信号が黄色に変わったこと、交差点までの距離、現在の速度、後続車との車間距離、路面の滑りやすさ、対向車線に右折待ちの車がいるかどうかなどを瞬時に判断して、ブレーキを踏むかアクセルを踏むかの意思決定がなされる。

・ 出力過程: ブレーキを2回軽く踏んで後続車に合図してから3回目にしっかり踏む、減速したところでクラッチも踏んでギアをニュートラルにする、停車する前にちょっとブレーキを緩めてまた踏み直す、といった一連の動作を行う。

ヒューマンエラーとはこのような人の情報処理プロセスのいずれかの段階で起こると考えられ、発生する段階の違いによって「入力エラー」、「媒介エラー」、「出力エラー」と分類することができます。そして同じ「ヒューマンエラー」でも、これらの分類によってどのような対策が適しているのかが変わってきます。

ヒューマンエラー発生メカニズム

 

エラーの分類による対策の違い

「Aボタンを押すべきところ隣のBボタンを押してしまった」という例で考えてみましょう。単に「対象の取り違え」と考えてしまうと、対策は「押し間違えないように周知徹底・再教育する」や「押す前にチェックする」といったありきたりのものになってしまいます。では、これを上記の分類に従って考えてみるとどうなるでしょうか。

もしこれが「入力エラー」(認知・確認のミス)によるものであったとしたら、原因は「BをAと見間違えた」ということになり、見間違えないようにボタンを色分けしたり、形で区別したり、大きなラベルで表示するなどの対策が考えられるでしょう。このように、「入力エラー」の場合は情報表示・通信装置の改良が有効な対策になります。

それではこれが「媒介エラー」(判断・決定のミス)だったらどうでしょうか。この場合、原因は「Bを押すべきだと判断を誤った」ということになり、対策としてはなぜ判断を誤ったのかを調べ、システムや機器のしくみに関する誤解や無理解を直す、つまり「教育」が有効な手段になります。

同様に、「出力エラー」(操作・動作のミス)によるものであったとしたら、原因は「Aを押そうとしてBに触ってしまった」ということになり、ボタン間の距離を離す、操作の練習をするといった操作器の人間工学的改良、操作者の訓練が有効な対策となります。

エラーが起こったとき、それを単なる間違いとして片付けてしまうのではなく、それがどのような情報処理プロセスの段階で発生したエラーなのかを分析することは、より有効な対策を立てる上で重要なことだと言えるでしょう。